役職定年でみじめになる理由|元部長が感じた本当の原因

役職定年でみじめになる理由|元部長が感じた本当の原因

役職定年になってな、
多くの人が口には出さんけど、
心の中でこう思う瞬間がある。

「なんか…みじめやな」

これな、ほんまに多い。

なにわのT担当部長
自分は何も変わってへんのに、周りの扱いだけ変わった気せえへん?

せやけど先に言うとくで。


役職定年でみじめに感じるのは、
性格の問題でも、気の持ちようでもない。

ちゃんと理由がある。
この記事では、元部長のワシが、
「みじめさ」の正体を一つずつ言語化していくで。

読んだあとに、
「ワシだけちゃうんや」って思えたら、それで十分や。

役職定年で「みじめ」と感じるのは、自分のせいちゃう

まず最初に、
ここをはっきりさせとこ。


役職定年でみじめに感じるのは、
あんたが弱いからでも、
気にしすぎやからでもない。

これはな、
ワシ自身が経験して、
はっきり分かったことや。

なにわのT担当部長
役職定年になった瞬間、自分の価値まで下がった気してもうたんよな…

でも冷静に考えてみてほしい。

昨日までやってた仕事、
昨日まで積み上げてきた経験、
それが一晩で消えるわけないやろ?

それでもみじめに感じてまうのは、
「人としての評価」と「役割としての評価」が、
ごっちゃになってるからや。

会社ってな、
基本的に人を評価してるようで、役割を評価してる

部長という役割があった時は、
その役割込みで扱われとった。

せやけど役職定年で、
その役割が外れた瞬間、


評価が下がったように錯覚してしまう。

ここが、みじめさの正体の入口や。

せやからな、
「ワシはもうアカン人間や」
なんて思わんでええ。


あんた自身は、
何も変わってへん。

変わったのは、
会社の中で与えられてる立場だけや。

ここを切り分けて考えられるようになると、
気持ちは少しだけ楽になる。

みじめさの正体①:肩書きがなくなった瞬間

役職定年で「みじめや」と感じた最初のきっかけ、
それはな、案外シンプルな瞬間やった。

名刺を出した時や。

部長やった頃はな、
名刺を出したら相手の反応が一瞬変わった。

態度が丁寧になるとか、
話をちゃんと聞いてくれるとか、
そういう細かいところや。

せやけど役職定年後の名刺は、
こう書いてある。

「担当部長」

……正直、
これ見て一発で立場が分かる人、
ほとんどおらへん。

なにわのT担当部長
この肩書き、説明せな分からんのが一番つらいんよな…

相手が名刺を見て、
一瞬考える。

「あれ?この人、
部長なん?ちゃうん?」

この一瞬の間がな、
胸にじわっと刺さる。

何か言われるわけやない。
バカにされるわけでもない。

でもな、


「あ、ワシはもう
分かりやすい立場の人間ちゃうんやな」

って、心が先に理解してしまう。

人ってな、
思ってる以上に肩書きに守られて働いとる

自分では意識してへんでも、
肩書きがあることで、

  • 話を聞いてもらえる
  • 意見として扱われる
  • 判断する側に立てる

こういう“下駄”を、
知らんうちに履かせてもろとった。

それがある日、
何の説明もなく、
スッと外される。

そらな、
心のバランス崩れる。


みじめに感じたんは、
能力が落ちたからちゃう。
守ってくれてたもんが、
急になくなっただけや。

ここを理解できるかどうかで、
この先のしんどさは、だいぶ変わる。

みじめさの正体②:会議で意見が通らなくなる

肩書きの次に、
「これはキツいな…」と実感したんが、
会議やった。

部長やった頃はな、
良くも悪くも、
ワシが言うたことは一度は議題になった。

賛成されるかどうかは別として、
「部長の意見」として、
ちゃんと扱われとった。

ところが役職定年後や。

同じ会議で、
同じようなことを言うても、

「ふーん」
「まあ、次いこか」

……で終わる。

なにわのT担当部長
あれ?今の話、そんなにスルーされる内容やったか…?

最初はな、
「たまたまやろ」って思う。

でもそれが何回も続くと、
だんだん気づく。


あ、これ、
ワシの意見が軽なってるんやな。

一番こたえたんは、
そのあとや。

数分後、
若手がほぼ同じ内容を言う。

そしたら、

「それ、ええな」
「じゃあその方向で行こか」

って話が進む。


……今の、ワシがさっき言うたやつやん

心の中ではそう思うけど、
口には出されへん。

ここで怒ったら、
「扱いづらい人」になる。

笑って流すほど、
まだ割り切れてへん。


この中途半端な立ち位置が、
一番、人をみじめにする。

前に出る役割でもない。
かといって、
完全に引いた立場でもない。


宙ぶらりんの状態
や。

会社ってな、
意見の中身だけで評価してるようで、
実は「誰が言うたか」をめっちゃ見とる。

役職がある時は、
その役職込みで意見が通っとった。

せやけど、
役職が外れた瞬間、
同じ言葉でも重さが変わる。


みじめに感じるんは、
能力が落ちたからちゃう。
発言の土台が変わっただけや。

ここを理解できんと、
会議のたびに、
心が削られていく。

みじめさの正体③:人の態度が少しずつ変わる

役職定年で一番しんどいのはな、
派手な出来事ちゃう。


誰かに怒られるわけでもない。
露骨にバカにされるわけでもない。

でも、
確実に感じる。

人の態度が、少しずつ変わっていく。

これがな、
一番じわじわ効く。

たとえばや。

  • 前は相談されてたことを、聞かれなくなる
  • 決まったあとにだけ、報告されるようになる
  • 飲み会の声が、だんだん掛からんようになる

一つひとつはな、
「気のせいかな」で流せるレベルや。

せやけど、
これが重なると、
確信に変わる。

なにわのT担当部長
あれ…ワシ、もう頼られる立場ちゃうんかな…

この瞬間な、
胸の奥が、スーッと冷える。

「ワシ、ここにおってええんやろか」

そう思い始める。

でもな、
ここで一番やってあかんのは、


「自分に問題があるんや」
って全部背負い込むことや。

冷静に考えてみてほしい。

役職定年になって、
役割が変わった。

それだけの話や。

若手から見たらな、
今までのあんたは
「判断する人」「決める人」やった。

その役割がなくなったら、
相談の流れが変わるのは、
正直、自然や。


距離ができたように感じるんは、
人間関係が壊れたからちゃう。
仕事の回路が変わっただけや。

せやけどな、
頭で分かってても、
心はそう簡単に追いつかへん。

だから、
みじめに感じる。

それはな、
ちゃんと人と関わって仕事してきた証拠や。

人との距離が変わることに、
何も感じへん人間やったら、
こんな気持ちにはならへん。

今、寂しさや居心地の悪さを感じとるなら、
それはあんたが、
ちゃんと会社で生きてきた証や。

役職定年は「人」を評価する制度ちゃう

ここまで読んでな、
「結局、会社って冷たいよな」
そう思った人もおると思う。

せやけどな、
ここは一回、
感情と現実を分けて考えてみてほしい。


役職定年は、
人を評価する制度ちゃう。

評価してるのは、
人そのものやなく、役割とポストや。

会社ってな、
人の気持ちよりも先に、
組織が回るかどうかを考える。

残酷に聞こえるかもしれへんけど、
これは事実や。

なにわのT担当部長
頑張った人間が、そのまま報われるとは限らへんのが会社やからな…

役職定年は、
年齢という線を引いて、
役割を切り替える仕組みや。

せやからな、

「役職が外れた」
=「価値が下がった」

ではない。


そう感じてしまう構造に、
放り込まれただけや。

会社はな、
「この人がどれだけ頑張ってきたか」より、

「今、このポストに誰を置くか」
「コストは合うか」
「年齢構成はどうか」

そういう視点で動く。

冷たいようやけど、
それが組織や。

せやから、
役職定年で感じるみじめさは、


あんたの努力が否定された結果ちゃう。
制度の歯車に、
感情が巻き込まれただけや。

ここを理解できると、
自分を責める気持ちは、
少しずつ薄れていく。

みじめに感じている時点で、ちゃんと会社で生きてきた証拠や

最後にな、
これだけは伝えさせてほしい。


役職定年で「みじめや」と感じている時点で、
あんたはちゃんと会社で生きてきた人間や。

適当に流してきた人間やったら、
こんな気持ちにはならへん。

人と関わって、
責任背負って、
役割を果たしてきたからこそ、

今、心が追いつかんのや。

なにわのT担当部長
何も感じへん人間やったら、こんなに悩まへんからな

今はな、
無理に前向きにならんでええ。

答えを急がんでもええ。
次の一手を決めんでもええ。


立ち止まって考える時間を、
ちゃんともらっただけや。

役職定年は、
終わりやなくて、
切り替えのタイミングや。

これまでのやり方を、
一回リセットして、

「この先、どう生きるか」
「どんな距離感で会社と付き合うか」

それを考えるフェーズに、
入っただけや。

もし今、
役職定年全体のしんどさを、
もう一回整理したくなったら、

ワシの体験をまとめたこの記事も、
参考にしてみてほしい👇


役職定年は正直きつい|みじめ・やる気出ない・居場所ないと感じた元部長の本音

あんたは一人ちゃう。

また迷ったら、
いつでもここに戻ってきたらええ。