「あいつ、またええもん食うてるやん」
「あいつ、また仕事で表彰されたんか」
SNSの「いいね」の数に一喜一憂したり、会議で発言したあとに「今の、みんなに凄いって思われたかな?」ってソワソワしたり。
誰かに認めてもらわな、自分の存在価値がないような気がして、夜も眠れんくらいしんどい。
「承認欲求が強い自分を直したい」
そう願ってこの記事を開いたあんたに、まずはこれだけ言うとくわ。
承認欲求を持ってるあんたは、向上心があって、もっと良くなりたいと願ってる、めっちゃピュアな人間やねん。
だから、自分を責めるんはもうおしまいや。
今日は、役職定年になって「肩書き」という巨大な承認の鎧を剥がされた俺、なにわのT担当部長が、他人の目に振り回されんと、自分の足でボチボチ歩いていくための処世術を教えたるわ。
なんでこんなに「認めてほしい」って思てまうんやろな?
そもそも、なんで俺らは、他人の評価にこれほどまでに執着してまうんやろか。
一般的には「マズローの欲求階層が〜」とかって難しいこと書いてあるけど、現場レベルで言うたら、だいたいこの3つが原因や。
自分が自分を信じてへんから
一番の根本はこれやな。
「自分、これでええんかな?」っていう不安があるから、他人に「ええんやで!」って太鼓判を押してもらわな安心できへんねん。
自分で自分に「いいね」ができんから、外側の「いいね」をかき集めて、心の穴を埋めようとしてるだけなんや。
「優秀でなければ価値がない」という呪い
特に俺ら世代に多いんやけど、
「成果を出してこそ一人前」
「人より優れてこそ正義」
っていう価値観の中で育ってきたやろ。
そうなると、他人より劣ってる(ように見える)自分が許せんくなって、必死に「凄い自分」をアピールして承認を求めてまうねん。
肩書きや場所が「拠り所」になってる
会社での役職や、家庭での立場。
そういう「ラベル」が自分のアイデンティティになってると、そのラベルが剥がれそうになった時に「認めてくれ!」という欲求が暴走する。
承認欲求は「心のガソリン」や。でも、質の悪いガソリンはエンジン壊すで
ここで一つ、大事なことを言うとく。
承認欲求自体は、決して「悪」やない。
「誰かに褒められたいから頑張る」っていうのは、行動を起こすための立派なエネルギー、いわば「心のガソリン」や。
でもな、他人の評価っていうのは、自分ではコントロールできん「不安定なガソリン」なんや。
- 他人の気分次第: 相手の機嫌が悪かったら、どんだけ頑張っても褒めてくれへん。
- 中毒性がある: 一度褒められたら、次はもっと、その次はもっと…と、求める量がどんどん増えていく。
他人の評価という「他力本願のガソリン」だけで走り続けると、いつかガス欠になるか、エンジンが焼き付いてまうで。
あんたが今しんどいんは、エンジンが悲鳴を上げてる証拠や。
T担当部長流・「評価の呪い」から逃れるための3つの切り替え術
「そんなこと言われても、気になるもんは気になるんや!」
わかる。
わかるで、その気持ち。
やったら、いきなり欲求を消そうとするんやなくて、ちょっとだけ「技術」でかわしていこうや。
① 「比較対象」を他人から昨日の自分に変える
SNSを見て落ち込むんは、他人の「ハイライトシーン」と、自分の「舞台裏」を比べてるからや。
そんなん、負けて当たり前やろ。
他人の芝生を見るんはもうやめや。
「昨日の俺より、ちょっとだけ優しくできたか?」
「昨日より、仕事の進捗が進んだか?」
② 心の中で「小さいガッツポーズ」を1日3回する
誰かに褒めてもらうのを待つんは、砂漠で雨が降るのを待つようなもんや。
やったら、自分で自分を褒めたらええねん。
「おっ、今日のプレゼン資料、レイアウト見やすいやん!」
「おっ、部下の相談、最後まで遮らんと聞けたやん、俺!」
誰にも見えんところで、心のガッツポーズをする。
これを「自己承認」って言うんや。
自分で自分を認める回数を増やせば、他人の「いいね」に頼らんでも走れるようになるで。
③ 「嫌われる勇気」より「どうでもいい勇気」
アドラー心理学とかいうので有名な「嫌われる勇気」もええけど、俺はもっと軽い「どうでもいい勇気」を推したい。
「今の発言、あいつにどう思われたかな……?」って不安になったら、心の中で一言。
「ま、どうでもええか。俺は俺やし」
他人がどう思うかなんて、あんたが悩んでも解決せん「他人の課題」や。
役職定年後に気づいた、「肩書きなしの自分」を愛する勇気
これ、50代のあんたには特に聞いてほしい。
俺は役職定年になって、自分の名前の横にあった「部長」という二文字が消えた時、マジで自分には価値がないんちゃうかと思った。
誰からも「部長、部長」と持ち上げられんくなる恐怖。
でもな、肩書きがなくなって初めて、純粋に「T」という一人の人間を見てくれる仲間や家族のありがたみに気づけたんや。
「凄い人」やなくてええ。
「ええ感じの人」でええねん。
「誰かに認められる」ために生きるんは、他人の人生を歩いてるのと同じや。
せっかくの人生、自分のために、自分の「ええやん」のために使い切ろうや。
まとめ:明日からは「自分専用のSNS」で生きていこうな
「承認欲求を直したい」と思ってるあんたは、本当に健気で、一生懸命な人なんや。
そのエネルギーを、他人のスマホの画面に捧げるんはもうやめよう。
- 他人の芝生より、自分の足元を見る
- 自分で自分を「いいね」する習慣をつける
- 「ま、どうでもええか」を口癖にする
明日からは、心の中に「自分専用のSNS」を作ってみ。
投稿主はあんた。
フォロワーもあんた一人。
そこであんたが「今日の俺、ええやん!」って一言呟くだけで、世界は劇的に優しくなるはずや。
あんたのその真面目さ、俺は100億回「いいね」したるで!
今夜はゆっくり寝て、明日の朝、鏡の中の自分にニヤッとしてやり。
人生の後半戦、他人の評価に振り回されんように、お互い自由奔放にやっていこや!